2025年11月16日、津市の三重県総合文化センター視聴覚室で、泥壁SAKAN講座3「南海トラフ地震の迎え方 -防災という生活文化を育む-」を開催しました。京都大学名誉教授の林春男先生と関西大学特別任命教授の河田惠昭先生をお迎えし、南海トラフ地震にどう向き合うべきか、お考えを伺いました。これから必ず起こると言われている巨大地震に向けて、防災を暮らしの中の文化にすることについて、それぞれの視点から語っていただきました。
防災は「生き方」
南海トラフ地震の想定
林先生は、南海トラフ地震の被害想定から話を始められました。2003年時点の想定では 既往最大の災害規模を想定すると、死者2万4000人・被害額81兆円とされていましたが、東日本大震災後に 同じ規模で起きた場合を国が試算し直した結果、死者32万人・被害額220兆円にまで跳ね上がっているそうです。過去の大震災の被害額が、阪神・淡路大震災が10兆円、東日本大震災が17兆円だったことを考えると、広範囲が被災する南海トラフ地震では、桁が違う被害が想定されます。発生時期については、高知県室津港の地盤隆起記録をもとにした「時間予測モデル」から2035年前後に起こると想定されており、プラスマイナス10年の誤差を見込むと、すでに準備を始めなければならない時期に入っていると述べられました。
防災を「文化」にする
こうした巨大災害を乗り越えるために「文化」というキーワードを示されました。林先生は、「文化」を、さまざまな伝達メディア(身体的、物質的、制度的、技術的)を通して再構成される社会的記憶装置だと説明されました。 そうした「知」が再生産されながら、時代を超えて次の世代につながってゆきます。防災を文化とすることで、防災が行動の習慣となって、価値としてみんなに共有されて、制度としてそれが社会を支え、知として継承され、生き方として体現されると、社会は強くなる。つまり災害を乗り越える力=レジリエンスを高める事に繋がります。
そこで林先生が提案されたのが「レジリエントライフスタイル」という考え方です。制度や技術中心の特別な防災対策ではなく、日々の暮らしの中で災害に対する予防力と災害が起こってからの回復力を高めていこうという考えです。健康の問題、お金の問題、人間関係のトラブル──そうした日常的な困難を乗り越えた経験の積み重ねが、大災害に向き合う土台にもなる。具体的には、安全な場所に住む「リスクの再配置」、備蓄や耐震補強、地震保険などの「生活基盤の強化」、仕事や収入の複線化といった「経済的な備え」、そして人とのつながりを日頃から築いておく「関係的レジリエンス」の4つが挙げられました。


理屈だけでは人は動かない
「答えの出ない悲しみ」
河田先生は、お寺の掲示板で見かけた「人間には答えの出ない悲しみあり」という言葉から話を始められました。南海トラフ地震が起きれば、三重県の漁港にも3メートル以上の津波が来る。津波が予想される中、大切な漁船が心配で港に向かう漁師さんの気持ちは分かる。しかし行けば命を落とす。行政はそうした「どうしようもない情報」をなかなか出すことができない。できることはいろいろ言うけれど、できないことは黙っている。その問題を指摘され、答えの出ない情報も出さなければならないことを指摘されました。
能登半島地震では災害関連死が450人を超え、約90%が後期高齢者でした。アメリカの疫学調査では災害関連死は15年続くという結果も出ています。南海トラフ地震では津波による直接の被害よりも災害関連死のほうが多くなると見込まれており、見えにくい被害こそ深刻であることを語られました。
清潔文化の力と「文明×文化」
コロナ禍では、先進7か国の中で日本が、感染率・死亡率も最も低かった。玄関で靴を脱ぐ習慣、水道水の塩素消毒、マスクの文化。江戸時代から続く清潔文化が、科学だけでは説明できない防御力を発揮した例を紹介されました。河田先生はこの例を引いて、科学の成果と政治を連動させる「文明」と、社会慣習の成熟をめざす「文化」を組み合わせて一緒にしていく必要があると述べられました。
土砂災害で亡くなる人の90%は1階にいる。2階に上がるだけで助かる。それでも避難指示が出ても動かない人が多い。理屈が分かっていても行動につながらないのは、文化として身についていないからだと指摘されました。堤防を造ったり津波の高さを計算したりする科学的な対策は「文明」の力ですが、それだけでは足りない。大雨の夜に2階で寝る、揺れたら机の下にもぐる、そうした判断を理屈抜きに身体が動くレベルにまで落とし込む。科学と制度の「文明」に、暮らしの知恵としての「文化」が自然に溶け合って、どちらがどちらか区別がつかなくなっている──そういう状態を目指す必要があると河田先生は語られました。


対談
文化は「考えなくてもやれること」
林先生は心理学者ダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー」に触れ、人間の脳には瞬時に反応する「ファスト」とじっくり考える「スロー」の2つがある。文化は「ファスト」の側──何百年もかけて無意識に身についた知恵であり、世代を超えてメリットを与え続けるもの。考えなくてもやっていること。それが文明ではなく文化の本質ではないか、と述べられました。
「早期避難で7割助かる」は現実的か
政府が示す「早期避難すれば7割助かる」という想定についても議論になりました。南海トラフでは津波到達まで10〜20分しかなく、震度6弱以上が1分以上続けば家具は全部倒れて立っていられない。「できもしないことをやれば助かると言っているようなもの。人間の行動を考えたら不可能です。事前にできることを暮らしの知恵にしてやっておく、それが文化ですよ」と河田先生は述べられました。
関東大震災後の後藤新平の帝都復興計画にも話が及び、「大きな被害を10年で復興なんかできない。100年かけてやると言えばできる。考え方を変えるところからやらないと」と、長い目で物事を考える大切さが語られました。
講演を終えて
お二人の話に共通していたのは、防災を特別なものにしない、ということでした。林先生は、日々の困難を乗り越える経験そのものが災害への備えになると語られ、河田先生は、理屈に合うことだけでなく、一人ひとりの暮らしに根ざした行動こそが大事だと繰り返し述べられました。南海トラフ地震は避けられませんが、あと10年あります。備蓄、耐震補強、地震保険、安全な場所の選択、人とのつながり──どれも特別なことではなく、暮らしの延長です。日々の生活で少し災害への備えを考えてみる、そのきっかけになる講演会でした。
ご登壇いただいた林先生、河田先生、ご来場いただいた皆さま、ありがとうございました。
これからも泥壁左官ではさまざまなテーマで講座を開催していく予定です。どうぞご期待ください。