フォーラムの後半では、宗教人類学者の植島啓司さんがコーディネーターをつとめ、基調スピーチで登壇した大室祐介さん、久住章さん、松場登美さんをパネリストとして「土壁談義」がおこなわれました。
コーディネーターの植島さん、パネリストの久住さん、松場さんはともに 1940年代後半生まれ。昔ながらの生活風習から新しい生活様式への移り変わりを経験してきた3人と、1980年代生まれの新進気鋭の建築家である大室さん。日本の木造建築が抱える課題からその背景にある社会状況の変化まで、多岐にわたる内容となりました。

日本の木造建築は「弱い」のか

久住:震災で建物が倒壊する原因のひとつとして、瓦の重さが指摘されることがあります。しかし、瓦の性質は400年前からわかっていることです。つまり、瓦という素材ではなく、それを支える木の構造体に問題があったのではないかと思うんです。

植島:木構造を考え直す必要がある、ということですね。

久住:平屋なら大丈夫です。二階建てになった途端、弱くなる。日本の木構造が弱くなったのは、室町時代以降です。それまでは太い柱を使っていたのに、材料不足のために段々と柱が細くなって、土壁の工法が変化していった。これが時代のひとつの転換点です。地震にも耐え得る丈夫な家を建てるためには、針金みたいな細い柱ではいけません。木構造を理論的に考え直す必要があるでしょう。

植島:左官で使う建材についてはいかがでしょうか。

久住:日本は、石灰岩の資源が豊富です。さらに、耐久性という面でも優れています。例えば、京都市伏見区に法界寺阿弥陀堂があります。今から約800年前に建てられたものですが、土は一切使わずに漆喰が塗られています。断熱性やリサイクルという面では土が優れていますが、耐久性という面では石灰が優れています。何しろ、石灰は土の五倍の強度があり、比重は半分ですから。

植島:その他に、土と石灰との違いはありますか。

久住:土は品質にばらつきがありますが、石灰は有機JAS規格が定められているので、日本中どこでも同じ品質のものが手に入ります。運ぶ手間、練る手間、塗る手間を考えたら、土も石灰もあまり変わりません。それならば、石灰を使う方が絶対に長持ちします。これから技術革新をおこなって、柱を太くして漆喰で粗壁を塗れば、日本の木造建築は丈夫になります。デタラメだと思っている人が多いんですが、本当です(笑)

植島:納得できますね。現在よく使われている石膏ボードについては、どう考えられますか。

久住:あれは簡単に壊れることを前提に使われる材料です。どう考えても長持ちはしません。水に溶けるので、水害があったらぼろぼろです。

植島:一般のハウスメーカーでは乾式工法が用いられますが、左官は水を使いますね。この違いはどこから生まれるのでしょう。

大室:一般のハウスメーカーは、現場でやることをどれだけ減らすかを重視しています。それがコストや建材に関係するため、工法の違いに繋がるのだと思います。歴史的なことを申し上げますと、ドイツの乾式工法が日本に紹介されたのは昭和11年です。その時期を分岐点として、建築における左官技術の位置づけが変化していったのでしょう。

建築は「幸せ感」が大切

植島:挾土秀平さんのような左官職人さんもいらっしゃいます。

久住:素晴らしいと思います。彼は天然の土や素材にこだわって、新しい感覚で、新しいことを求めてつねに挑戦している。さらに、メディアに出演して社会にも影響を与えている。彼の存在によって見直されていることはたくさんあります。ああいうことは、そう簡単にはできません。

植島:久住さんのご著書で、挾土さんは美に対する意識が素晴らしいけれども、僕が伝えたいのは「幸せ感」だ、とおっしゃっていますね。

久住:日本の木造建築は素晴らしい技術があり、ディテールも美しいんですが、具体的な「幸せ感」に欠ける部分があると思います。日本の木造建築に「幸せ感」があるとすれば、唯一、数寄屋でしょう。新しい時代に向けてもう少し工夫したら、若い人たちは日本の木造建築をもっと好きになると思います。

大室:僕にとって数寄屋の魅力は、物が物そのものとして表現されている点にあります。これは、モダニズム建築にも通じるのではないでしょうか。モダニズム建築以前は、装飾的なものが流行していました。それに対して、モダニズム建築は、どのように物質や素材をきちんとした形で示すか、という点を重視しました。それがいつしか生産を重視するものに変わってしまったのですが。ですから、初期のモダニズム建築を見ると「幸せ感」が伝わってきます。

「いいもの」の価値

植島:松場さんは石見銀山で古い建物を修復されていますね。例えば、古くなったものは壊れた方がいいという考え方もあると思うのですが。

松場:270年前に建築された茅葺の家を約2,000万円かけて移築しました。あと30年は使えるとすると――もっと使えると思いますが――、300年を迎える訳です。お金をかけて数十年しか住めないような家を建てるのと、結果的にはどちらが「高い」のでしょう。長い目で「本当にいいものとは何か」ということを考え、消費のあり方を変えていく必要があるのではないでしょうか。

植島:僕は世界中で調査をおこなっているのですが、国際的に見ても、日本は消費が激しいと感じます。「もったいない」という感覚は、かつては日本人の誰もがもっていたはずですが、現在は状況が変わっています。僕は「ものを大切に」といわれて育った世代なので、この現状は見ていられません。

久住:ただ、古い建物や街並みを守るというだけではつまらないと思います。考え方によっては、昔よりもいいものがつくれないから、古くからあるものを守るしかない、ともいえる。その意味では、松場さんの取り組みは昔のものを守るだけではないから、「幸せ感」があります。

松場:古いものをただ保存するだけでなく、そこからいいものを本質的に学びとって、創造性を刷新していくのが大事だと思っています。それによって、さまざまな出会いがあります。例えば、2016年にユネスコの「持続可能な開発のための教育」のシンポジウムが大森町で開催され、私たちが改修した茅葺の家「鄙舎」が会場のひとつとして選ばれました。

植島:取り組みの中から、いろいろな価値が生まれているわけですね。

松場:お金に価値を置く人にはわからないかもしれませんが、人との出会いは大きな財産だと思います。

最後に

久住:世の中にはいろいろな職業があり、それぞれに社会的なポジションがあります。その中で、左官はただ壁を塗るのがうまいだけでなく、左官ならではの技術や能力があると考えています。その技術や能力を使って、世の中を、未来をつくろうという気持ちがなくてはだめです。新しいことに挑戦して、人々が生きる喜びや幸せを感じる社会を左官が実現するんだ、という気持ちをもつことが重要だと思います。

松場:私たちの世代は、消費生活をはじめとするさまざまな時代の分かれ目にいる立場だと思います。私たちが残さなければ消えていくものがたくさんあります。古い屋敷を改修した宿泊施設「他郷阿部家」では、東京出身の若い女の子が自分で薪割りして、ごはんを炊いてくれます。彼女にとっては初めての体験でも「懐かしい」という言葉が出るんです。そういう場を、私たちが残していかないといけないと思います。どういう職業に就くかではなく、どういう働き方をするか、ということを見せていく必要があるのではないか。そして、未来をつくるためには、働き方だけでなく、どういう生活のあり方を選ぶか、ということが重要なポイントでしょう。見本というとおこがましいですが、若い世代に対して道を示すことができれば安心かな、と思います。

大室:本日、僕は若手として出演させていただきました。僕がパネリストのみなさんと同じ60代にさしかかる頃には、本日学んだことを実践している姿を見せられたらいいなと思っています。


質疑応答1:大学に「左官学部」は必要?

久住:やめた方がいいと思います。大学は社会のすべてを学ぶ場所ではなく、社会の一部を学ぶ場所です。僕は、32歳のときにドイツのアーヘンにある大学で授業をしたことがあります。学生にはそれなりに役に立ったかもしれないけれど、本気で学びたいのなら、実際に日本で勉強した方がいい。料理や音楽などを勉強したくて、命がけでヨーロッパに勉強しに行く日本人がいるでしょう。それと同じことです。

植島:左官を教わるには、どこへ行けばいいのでしょう。

久住:職人のところです。左官はジャンルが幅広いので、どのような職人の弟子になるかでその先が決まります。例えば、コンクリートの壁を塗る左官や、町家の土壁を塗る左官、あるいは数寄屋の職人もいます。基礎工事まで手がける左官もいますしね。ですから、まずは日本各地のさまざまなタイプの左官を調べてみるといいと思います。そこから、自分がどういう左官をやりたいのかを考えるといいでしょう。

質疑応答2:左官を学ぶタイミングは?

久住:左官を学ぶのに「遅すぎる」ということはありません。むしろ年をとっている方が、目的がはっきりしています。若い頃は、明確な目的をもたずに仕事に就きますから。
ただ、今までの左官業界の教育方法は「見て覚えろ」、「盗んで覚えろ」というものなので、それでは時間的に間に合わないという問題があります。役に立つ人になってもらうのが大事ですから、教える方も「教育する」という意識をもつ必要があります。小学1年生に向かって、教科書を渡して「見て覚えろ」というのは無茶です。職人の技術はすべてシステムでできていますから、システムを理解すれば簡単です。やる気さえあれば、年齢は関係ありません。

質疑応答3:左官の魅力は?

久住:率直にいって、「安く簡単に」が優先される社会状況で、左官を奨めるのは難しい部分があります。ですから、僕たちは木構造をもっと丈夫にするということを目指しています。左官の技術は、強い木構造を実現してはじめて成立します。その前提をあやふやにして、ただ「伝統」というだけではだめです。

フォーラムでは、左官、建築、生活という視点から、「幸せな暮らし」とは何かが語られました。頑丈な木構造、上質な壁、丁寧な改修によって、日本の木造建築は長いときを生きることができます。「幸せな暮らし」は、このような「幸せな建築」から紡がれるのではないでしょうか。