2024年12月22日、三重県総合文化センター視聴覚室にて、泥壁SAKAN講座『神と仏、日本人の信仰』と題した鼎談を開催しました。登壇者として、宗教人類学者の植島啓司先生、熊野本宮大社の九鬼家隆宮司、金峯山寺の田中利典長臈(ちょうろう)をお迎えして、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の登録20周年を記念しての貴重な鼎談が実現しました。

「紀伊山地の霊場と参詣道」登録20周年を迎えて

世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の登録から20年。その意義を改めて考える機会として、登壇者の3人がそれぞれの視点から語りました。その一部をご紹介します。

今回ご登壇いただいた3人は、共著『熊野 神と仏』を執筆しており、旧知の間柄です。鼎談の冒頭では、久しぶりに顔を合わせた3人がそれぞれの近況を語り合いました。その1つに世界遺産登録以降、熊野を訪れる人が大きく増えたことが話題となりました。中でも外国人観光客の増加は顕著で、現在では熊野古道を歩く人の約8割が外国人とも言われているそうです。彼らがなぜ熊野に関心を持ち、どのような想いで訪れているのか。その視点から鼎談がスタートしました。

紀伊山地に宿る信仰の文化

日本に根付いた信仰が多くの人々の関心を惹く理由について、それぞれの立場からの考えが交わされました。

九鬼宮司は、熊野を訪れる人々の目的が多様化しており、祈願や観光だけでなく、精神文化への関心を持つ人が増えていることに触れました。単に訪れるだけでなく、信仰が生まれた場所を歩きながら、自分なりに理解しようとする人々の姿が印象的だと述べられました。また海外からの訪問客は、そうしたことへの感性が豊かな人が多い印象がある一方で、日本人からはだんだんとその感性が失われてきているように感じるそうです。それが熊野古道を歩く日本人が少ないことに現れているのではないかと指摘されました。

田中長臈は、世界遺産登録の名称では参詣道と一括りにされる道も、実際には多様な意味を持つことを指摘されました。熊野と吉野を結ぶ大峯奥駈道は、単なる移動手段だけでなく、修験道においては修行の場そのものでもあると語られ、3つの聖地を結ぶ道のそれぞれの意味合いの重要性を改めて解かれました。

植島先生は、欧米人が熊野に関心を持つようになった背景として、従来の西洋的な宗教観では日本の信仰を理解しきれなかった反省があるのではないかと分析されました。自然と一体となった日本の信仰に対する興味が高まり、自ら歩くことでその意味を体感しようとする姿勢が見られるのではないかと述べられました。

次世代に伝えるべき日本の精神文化

鼎談の終盤では、日本の信仰、自然、文化をどのように次世代へ伝えていくかが話題となりました。

植島先生は、今後の熊野のあり方として、今も生きている信仰の場であることを理解し、観光名所と取り違えて発展することのないようにして欲しいと話され、熊野のことをもっと広めてゆくにしても、本質を伝えることの重要性に触れました。

九鬼宮司は、「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に選ばれたということは、日本独自の宗教観、人間観を世界に向けて発信していく絶好の機会を得られたことでもあり、植島先生がおっしゃるような、日本人の心の拠り所が紀伊山地の霊場にあることをもう一度意識し、その意義を大切にしながら色々なことに取り組んでいきたいとお話しされました。

田中長臈は、観光誘客ばかりに目が向けられる現状を懸念され、世界遺産登録の本来の目的である文化や自然の保護・保全にもっと力を入れる必要があると強調されました。
さらに、日本の信仰の特徴として、「ハイブリッド性」についても言及されました。日本ではキリストも八百万の神の1つのように捉えられているような感じがするという話から、日本の宗教に独特の融合性があることを指摘されました。
曰く、日本の文化は常に異なる要素を融合させる性質を持っており、それは宗教にも表れている。例えば、漢字と大和言葉を組み合わせた万葉仮名、明治時代に欧米の要素を取り入れながら日本独自のスタイルを築いた近代史など、日本人は長らくハイブリッドを得意としてきた。この柔軟な精神性が「紀伊山地の霊場と参詣道」にも表れているという話に、多くのお客様がうなずいていらっしゃいました。

九鬼家隆宮司

 

田中利典長臈

 

植島啓司先生

鼎談を終えて

約90分にわたる鼎談を通じて、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の本質の話から日本の文化の独自性などについて熱く語られました。登壇者それぞれの視点からの貴重な意見が交わされ、参加者からも「新たな視点を得ることができた」などの感想が質疑応答でも寄せられました。

空前のインバウンド来訪とともに注目が集まる日本の文化。その核心が20周年を迎えた「紀伊山地の霊場と参詣道」に宿っているのではないかと痛感しました。今回のお話を聞き、私たち自身がその精神性を十分に理解していないのではないかとも考えさせられました。
今後も、泥壁左官では、さまざまなテーマで講座を開催予定です。ご登壇いただいた先生方、ご来場いただいた皆さま、本当にありがとうございました。

泥壁SAKAN講座